絶対にやってはいけない失敗

アトリエ・フィロンドール、ディレクターの渭原です。
(一社)日本真珠振興会「真珠シニアアドバイザー」という資格を持っており、毎日のように真珠を見ているのですが、先日、真珠・宝石に関わる者として「絶対にやってはいけない失敗」をしてしまいました。自戒を込めて、恥ずかしながらブログで発表させていただきます。
遠方で行われた身内の法事の席で、他県に住む義理の叔母がネックレスの糸替えについて相談してくれました。このとき私はご縁が近くなかったため末席におり、初めてお目にかかる方もいらっしゃいました。薄暗い和室で、親戚数十人が注目しています。
義叔母は長年、大手の金融機関にお勤めでいらっしゃって、とても聡明でおしゃれ。明るくて面白い方で、これまで何度かお目にかかったことがあります。
使い込まれた様子で、糸が切れてバラバラになったネックレスがビニール袋に入っていました。
「真珠の糸が切れちゃって、これって直る?」
「宝石屋さんに見せるのはなんだか恥ずかしい。それは本物?」
「本物じゃなかったら修理しないで処分しようかしら…。」
残念ながらルーペは持っておらず、薄暗い中で精一杯確認しました。ところが、肉眼では確証が持てません。30秒ほどの時間の中で、色々なことが頭をよぎりました。
・肉眼では本物の真珠に見える。(本物である確率が80%以上)
・皆の前で長々と見続ければ、ニセモノだと疑われているようで心地よくないはずだ。
・もし「わからない=ニセモノかもしれない」という疑いを残せば、恥をかかせてしまう。
・義叔母は普段、良いものを身に着けていらっしゃる。
そして、私はこう答えてしまいました。
「糸替えできますよ。たぶん真珠だと思います。」
もちろん本物でもイミテーションでも、糸替えは可能です。義叔母は安心したようで、糸替えができたら郵送する手筈になりました。費用はお断りしたものの受け取ることになりました。
そして翌日。
アトリエでネックレスを確認して青ざめました。
…もうおわかりですね。残念ながら、ネックレスは非常によくできたイミテーションで、真珠ではなかったのです。
「やってしまった…」
初歩も初歩、宝石は本物だという確証がなければ、絶対に「本物だと思う」とは言ってはいけません。「だと思う」がついていても、ついていなくても関係ありません。
「本物じゃなかったら修理しない」
とおっしゃっていたので、すぐに義叔母に謝罪の連絡をすることになりました。
まずは糠喜びをさせてしまったことを詫び、肉眼で判断してはいけないにもかかわらず、それをやってしまったことをお詫びしました。
皆の前でニセモノの可能性を残すような言い方をしたら失礼にあたると思ってしまったことも、正直に伝えました。
そして、とてもきれいなネックレスであること、装飾品として問題なく使えることをご説明しました。
笑って許してくださったものの、せめてものお詫びの気持ちとしてお代金は私が個人として支払い、丁寧にクリーニングをさせていただきました。
「ああ、自分はもう25年以上ジュエリーに携わってきたにもかかわらず、まだまだだなぁ…」
ネックレスを磨きながら、心の底からため息がでました。
正確であること、正直であることは、ジュエラーとして最低限求められる基礎の部分。プロだからこそ「わからないものはわからない」「今は判断できない」と言えなければなりません。それも、その場の空気を悪くすることなく、人を傷つけない言い方・方法でお伝えできてこそ一人前だと思います。
・眼の前の方に喜んでいただきたい
・恥をかかせてはいけない
・状況が生む「先入観」
などを前提に安易に返事をしたことで、結果として誰も幸せにすることができませんでした。
人が失敗する要素が詰まっていますよね。
ちなみに、真珠のイミテーションについてですが、私の主観では以下のような割合です。様々な素材や作り方のものがあり、年代によっても特徴があったりします。
・50%くらい―肉眼で明らかに真珠ではないとわかるもの
・40%くらい―肉眼でも不自然で、ルーペで見れば明らかに真珠ではないもの
・9%くらい ―肉眼では本物のように見えるが、ルーペですぐに判断できるもの。
・1%以下 ―肉眼では本物のように見え、ルーペでもわかりにくいもの。
今回の品物は、その1%にあたるものでした。「おおよそ見分けられる」などという慢心もあったのだと思います。本当に恥ずかしい、決して忘れることのできない失敗です。二度とこのようなことがないように、気を引きしめたいと思います。
アトリエ・フィロンドール店頭で真珠の糸替えなどをお持ち込みいただく場合には、必ず本物かそうでないかをご説明しています。真珠シニアアドバイザー、宝石鑑定士が複数人で、適切な環境で判断いたしますので、このような間違いはありません。安心してご相談ください。
失敗を糧にして、日々、勉強です。